Destino-sailing

セーリング競技規則やレース運営を中心に、セーリングライフについて書いています。

抗議をする。③ ~審問要求書(=旧・抗議書)を書く(前編)~

さて、抗議書(審問要求書)を書くことになりました。

 

ところで、前回からしつこくこの書き方「抗議書(審問要求書)」をしているのは、今回のルール改正で「審問要求書」が出てきたからです。(初めてルールブックを読む方、混乱させてすみません。)

RRS2021-2024の改正で、RRSに「抗議書」の書式が掲載されなくなりました。そして、「抗議書」は新しい2つの書式「審問要求書」と「判決書」に置き換えられてWorld Sailingのサイトから入手可能となっています。今まで、抗議書の表面と裏面になったりしていたものですね。なお、第5章の前文によると、RRSは特定の書式を使うことを求めていないとのことですので、提出する内容が合理的であれば、書式は問わないということでしょう。ただ、抜け漏れがあっては受け付けられないこともあるので、ダウンロードした書式を使うことがベターかと思います。ただ、RRSに以下のURLが記載してありますが、20217月現在、2つの新書式は見当たりません・・・。

https://sailing.org/racingrules/documents

今までのものでも要件は満たせるので、一旦は良いということでしょうか。

JSAFのHPではプロテスト委員会用標準フォームとして、以下の書式が入手可能となっています。

http://www.jsaf.or.jp/rule/Format/HearingRequestForm210511.docx

(上記URLをブラウザにコピペすると書式のダウンロードが出来る仕様のようです。)

 

前置きが長くなりましたが、審問要求書を書く時には、まず、抗議の内容を特定します。

 

61.2 抗議の内容

抗議は書面で、以下のことを特定しなければならない。

(a) 抗議者と被抗議者。

(b) インシデント。

(c) インシデントがいつどこで発生したか。

(d) 抗議者が、違反があったと考える規則

(e) 抗議者の代表者の氏名。

ただし、(b)の要件が満たされている場合には、(a)の要件は審問前ならばいつでも満たすことができ、(d)(e)の要件は審問前または審問中に満たすことができる。(c)の要件もまた、被抗議者に審問の準備をするための妥当な時間を与えることを条件に、審問前または審問中に満たすことができる。

 

つまり、インシデントはどれか、が特定できていれば、それ以外は途中で変わることもあり得るということです。ただし、もちろん審問前/中には全てを特定させていきます。

 

さて、RRSに書かれている手続き上の縛りはこれだけです。あとは審問で事実を認定していきます。

審問要求書の記載は簡単?ルール講習会やクラブ活動の勉強会で、抗議について勉強して、書いたことがある方もいるかもしれませんが、サンプルケースで審問要求書を書くところをイメージしてみましょう。

  

(サンプルケース1)

①自艇Aはスターボードで帆走している。イーブンな位置でポート艇Bがいて、あと5艇身位でミートしそう。B艇はこちらの存在には気付いている。

②(ミートの約5~4艇身前)ヘッダーが入る。自艇はあと10度ヘッダーが入ってからタックしたいので、あと少し行ってタックしたい。B艇は前を通ろうとしているようだが、ギリギリ無理だろう。後ろを通らせたい。「スターボード」と声をかけた。

③(ミートの約3艇身前)声をかけられたB艇は、それによって自艇の後ろを通ることを決めたようで、舵を切っている。

④(ミートの約2艇身前)ベアアウェイして自艇の後ろを通ろうとするB艇だが、ヘッドセールのイーズが遅くて、ベアが遅れている。さらにヘッダーが入る。

⑤(ケースの瞬間)自艇はスターボードタックのコース変更はなく帆走をしていたところ、ポート側のスターンにB艇が接触した。

すぐに接触箇所を確認したところ、ゲルコートが剥げた程度で、レースはこのまま続行できそうだ。相手艇の損傷も無さそうだ。

 

(a) 抗議者と被抗議者。

→抗議者:自艇A。被抗議者:B艇。

(b) インシデント。

→第2レース 2回目の風上レグ風上レグの中盤において、自艇Aがスターボードタックで帆走をしていたところ、自艇の後方を通って避けようとしたポートタックで帆走していたB艇のポート側のバウから1/3のあたりが、自艇のポート側のスターンにこするように接触した。インシデント説明として見取図(サンプルケース1を図解:風向と流れの方向、マーク、周囲の艇の状況等を示す)を添付。

(c) インシデントがいつどこで発生したか。

→(仮に)○月○日○○レガッタ 第2レース 2回目の風上レグ 時刻○:○○

(d) 抗議者が、違反があったと考える規則。

→規則10航路権 反対タック

(e) 抗議者の代表者の氏名。

→貴則 守

 

大丈夫ですね!簡単ですね!

???

確かに簡単そうなのですが、机上で簡単なケースであっても、現実はそう簡単にいかないことが多いです!

まず、最低限これらが書いてあって初めて審問に進むわけですが、特定する内容が変わることを容認しているくらい、曖昧になるものなのです。

 

簡単にいかない理由は、大きくは2つあると思っていて、その1つ目は、記憶に依って書くからです。分解して説明します。第一に抗議をする場合、海上で「Protest」と言って、その後は陸上で審問要求書を書けばよいと言っても、実際にペンを持って紙に向かってみると、人の記憶とは、かくも儚いなものだということがよくわかることがあります。

(a)(e)で曖昧になるのは、私は今までの経験で(b)(c)だと思っています。特に(c)。14レースのレガッタで、コースは上→サイド→下→上→下→上→サイド→下→フィニッシュ。風上レグでのケースだったとしましょう。一日で何回風上レグを帆走するでしょう?この場合、計12回の中から一回を特定するわけです。強風で肉体はヘトヘトになって帰ってきて、あれ?あのケースは2レース目の1上?2上?もしかして1レース目だったったけ?となることは想像に難くないのではないでしょうか。そしてインシデントの詳細さえ、曖昧な記憶となってしまうのです。ましてや、自分が抗議するだけでなく、抗議される場合もあり、1日に複数のインシデントに巻き込まれた場合、(a)すら記憶が曖昧になります。まさか?と思うかもしれませんが、参加者に顔見知りの少ない海外でのレースを想像してみてください。艇名があれば艇名ですが、似たようなセール番号の一つを覚えておくのすら厄介です。私の記憶力が悪すぎるだけかもしれませんが・・・。

 

抗議をしたら/されたら、審問要求書を書くこと/審問に参加することを想定して記憶することを意識しましょう。私は大事なレースではデッキに養生テープをマット状に貼り、水中でも書ける油性マジックを用意しています。レースのための風向やマーク角度等のメモを書くのはもちろん、インシデントが起きた時にはレグ・発生時刻・相手艇・ケースを立証できる周辺状況をメモします。証言艇になってくれそうな艇や、その位置なども書きます。これは審問要求書を書くのに非常に役に立ちますし、抗議された時も証言するのに自信が持ててブレがなくなるため、内容の信憑性が増しますのでお勧めです。自分は抗議しないと思っていても抗議されることもあります。自分は規則違反をしていないと思っていても、自分が規則違反をしていないことを立証できなくて審問の結果で失格となってしまうこともあるのです。用意は周到にしておくことを超オススメします。

ちなみに、クルー同士の意思疎通も大事です。ヘルムがメモを取れない場合は、クルーがメモを書きます。メモを書けるタイミングまでに時間がかかるかもしれないので、それまでにも忘れないように、レースに集中しつつもインシデントの状況を口にして認識の共有化をしておきましょう。だいたい、頭に血が上っている状態になったりするので、状況を客観的に捉えたり審問を想定した論理的な会話をすることは、冷静になるためにも有効です。

 

長くなったので、続きは次回に。