Destino-sailing

セーリング競技規則やレース運営を中心に、セーリングライフについて書いています。

抗議をする。④ ~審問要求書を書く(後編)~

続きです。サンプルケースを再掲します。

 

(サンプルケース1)

①自艇Aスターボードで帆走している。イーブンな位置でポート艇Bがいて、あと5艇身位でミートしそう。B艇はこちらの存在には気付いている。

②(ミートの約5~4艇身前)ヘッダーが入る。自艇はあと10度ヘッダーが入ってからタックしたいので、あと少し行ってタックしたい。B艇は前を通ろうとしているようだが、ギリギリ無理だろう。後ろを通らせたい。「スターボード」と声をかけた。

③(ミートの約3艇身前)声をかけられたB艇は、それによって自艇の後ろを通ることを決めたようで、舵を切っている。

④(ミートの約2艇身前)ベアアウェイして自艇の後ろを通ろうとするB艇だが、ヘッドセールのイーズが遅くて、ベアが遅れている。さらにヘッダーが入る。

⑤(ケースの瞬間)自艇はスターボードタックのコース変更はなく帆走をしていたところ、ポート側のスターンにB艇が接触した。

すぐに接触箇所を確認したところ、ゲルコートが剥げた程度で、レースはこのまま続行できそうだ。相手艇の損傷も無さそうだ。

 

審問要求書を書くのが簡単ではない理由の1つ目は記憶に依って書くからですが、その中のインシデント自体を覚えていられないことを前回書きました。それから、インシデントから遡った状況=記憶しようとしていない過去のこと、を記憶の中から取り出して明確にすることが難しいという点もあります。

サンプルケースのように、「ミートしそうだなぁ」と思って、それからミートして、それが接触になるというインシデントもありますが、例えば相手艇の予想できない行動から突然起こるインシデントもあります。後者の方が多いのではないでしょうか。

つまり、インシデントは起こって初めて気づくこともある訳で、起こるまでのことを意識的に記憶していない場合があり、そのために審問要求書を書く段階になって、状況説明が曖昧になってしまうということはよくあることなのです。

このサンプルケースでさも、④を見ていなかった(相手艇が避けはじめたことを見た後はセーリングに集中していた)場合、接触があって初めて気付くということもあるかもしれません。そうすると、接触の瞬間に「え?」となって、状況が把握できなくなってしまったり、混乱してしまってそもそも「Protest」の声掛けが出来なかったり、ということがあります。

 

今回は、ミートしそうだなと思って相手艇を観察していたので、その状況をインシデントの説明として審問要求書に下図の見取り図を添付したとします。

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※このような図に、海面の状況、マークの方向や周囲(他艇等)の状況、等、書き込むなり説明文に追加するなりをして、より具体的にそのインシデントの状況を客観的にわかりやすく書きます。

 

実際は、手書きで、何度も書き直したりして、このようなきれいな図は書けないと思います。しかし、一番大事なことは、「自分が主張する相手艇の規則違反を、事実に基づき論理的に説明できているか」ということです。従って、特に自分の行動について「~だったかもしれない。」「~したような気がする。」というのは、それが事実なのかの判別がしづらく、論理の根拠として軽くなってしまうこともあります。もちろん、本当に記憶が曖昧なこともあるかもしれません。そういう時は「は明確に見ていた。④では見ていなかったしヘッダーが入ったのは感覚程度でコンパスは見ていなかったが、⑤はこうだった。従って、間を取ると④はこういう状況だったのではないかと推察する。」等と書ければ(審問で言えれば)、信憑性が高くなります。

この辺りは審問の回で書こうと思います。

 

ちなみに、例えば艇上においてカメラで独自に録画していた映像があるとします。それを審問で使えるか?ということですが、結論から言うと、使えます。但し、カメラのアングルやレンズ性能によっては、その映像だけでは立証できないこともありますので、映像があるから万事OKではなく、やはり「事実に基づき論理的に説明(もしくは反論・質問)」が出来るような準備は必要です。

そして、基本的には映像データ・機材その他は当事者が準備します。なお、写真・映像証拠がある場合は、審問前にそういったデータあることを伝え、事前にプロテスト委員会にデータを渡せると良いです。

World Sailingインターナショナル・ジャッジ・マニュアルF.10.5 より)

 

審問要求書を書くのが簡単ではない理由の2つ目は、ルール知識・その引き出しの少なさです。(これも私も含めてとご理解ください。)

例えばサンプルケースであっても抗議する根拠が「先輩/コーチからスターボードとポートではスターボードが権利艇だと聞いていたから。」では、

61.2(d) 抗議者が、違反があったと考える規則

を特定出来ないですし、複数の規則と絡んだインシデントもあり得ます。

もちろん、ルールブックを読むより練習した方が良いのですが、いざという時のために、ルールブックにはどんなことが書いてあるか、ルールブックに書いてあること以外の守るべき規則(NOR/SI含めて)の存在や、またケースブック(判例集)の存在も知っておいてください。(ケースブックもRRSと同様にJSAF HPから購入することが出来ます。)

※本ブログも役に立つと嬉しいです。

 

抗議する側が「Protest」と言いペナルティー履行がされなかったものの、審問要求書を書くことが厄介(理由は大きく二つ、記憶の曖昧性と、ルールの曖昧性)ということで、実際は抗議にならない=相手艇が失格にならないことがあります。しかし、守り守らせるRRSのもとに開催しているレースですから、誤りがあった場合にはその誤りと指摘して改善を促していきましょう。

審問要求書を書き、審問を経験することは、セーリング競技を続ける上でも有益な体験になると思いますよ。